ホームプロフィール ≫ 片付け・掃除が苦手な合理主義者ホシウメコのくわしい自己紹介

片付け・掃除が苦手な合理主義者ホシウメコのくわしい自己紹介


はじめまして。六十路の自称合理主義者「ホシウメコ」です。

母を見送った数年後に前期高齢者の仲間入りをしたのは、つい数か月前のことです。そんなことがきっかけとなったのか、急激にシニアの自覚に襲われた上、「体型までシニアっぽくなった」と子供からの警告。

「でも、そんなにあらがわなくてもいいのでは、みんな年はとるし、この世を去るのだから」、という気分です。

とはいえ、カンタンに老いぼれてあの世行きになっては困る事情や理由もあるのです。私がカンタンに老いぼれてあの世へ行くことができない、と感じているわけを聞いてもらえますか。


 面白いブログがたくさんあります
   ↓    ↓      ↓
にほんブログ村 健康ブログ 健康的な生活へ にほんブログ村 その他生活ブログ 汚部屋・汚部屋脱出へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
「カンタンに老いぼれてあの世へ行くことができない」と感じているわけはズバリ、「身辺が、甚だしく片付いていない」からです。

母の遺品整理


         サクラ

2年前に他界した母は「早く死にたい」が口グセでした。そして、「ほんとうは片付けをしなくちゃいけないんだけど・・・」と言いながら熱心にやっていたのは手芸などの趣味のことでした。

そんな母はあるとき急な病に倒れ、私と私の3人の子供たちから10か月の介護を受けた後、あっけなく他界してしまいました。

晩年に数回もの引越しをすることになった母。そのたびに思い切りのいい捨て方をしていたのに、まだ溢れるほどに物を所有していました。買い置き品も半端ありませんでした。

断捨離デビュー


母の遺品整理をやり遂げたことは、重度の捨てられない人であった私を断捨離デビューさせてくれました。そして、ほどなく2回目の断捨離実践の時がやってきました。

我が家が引越しをすることになったのです。引越しの理由の1つは、家の中が半ゴミ屋敷状態になってしまったことでした。

ずっと仕事をしていた多忙さもありましたが、住む人間の(おもに主婦である私の)心のすさみがつのったのでしょう。だんだんと「スラム化」してしまいました。

同じ団地内で30年振りの引越しです。引越しのチャンスを逃すまい、と気合いを入れて捨てに捨てました。

引越し後のリビング


スペースが増え、物が減った分、引越し後は一定のスッキリした空間もある住まいとなりました。はじめて各自の部屋ができ、リビングに私物を置かないという暗黙のルールができました。

そのルールは、リビングに置かれた私物を、私が各自の部屋へせっせと戻し続けることで習慣づけられました。

玄関やリビングという共用の空間を、ある程度きれいに保ち、少しだけ文化的になった我が家です。

ADHDと断捨離


私は大きな課題を抱えています。家中で私の部屋が最大の汚部屋であるという事実です。

私の部屋だけが非常に狭いということもあります。ものを詰め込みすぎています。自分のものをはじめとして処分しそびれた母の遺品もあります。

リビングと私の部屋は天と地の差がある、というわけです。

共用部分の世話でいっぱいで手が回りません。なんとかしたいと思っています。ただ、私はお医者から診断を受けたADHDでもあり、集中力が続かず、すぐに目移りしてしまいます。

注意欠陥があり衝動性がとめられないタイプです。時々、その衝動性が暴走して大失敗したり、集中が必要な時になかなかできず悶々とします。物事の達成が苦手です。

しかし、何事もADHDだからと決めつけたり、「失敗」をADHDのせいにするような、甘えた生き方をしたくない、とは思っています。

優しかったジョン・レノン


保育専門学校を卒業した私は保育士(当時はまだ保母という呼び名)になりました。2年で気が変わり、「つて」を頼ってイギリスへ行きました。

バイト生活をしながら3年余り過ごしました。(高2で父亡きあと)母を残してきたこともありましたが、いつまでも気分的に気楽なだけの、地に足がつかない生活を続けても仕方ないと思い、帰国することにしました。

その後、東京で3年余り勤めた某ホテルでのこと。両替カウンターに配属された私は、たまたまビートルズのジョン・レノンの両替をする光栄に恵まれました。ジョンレノンさんは優しい方でした。

欧米流にお金を数えて渡すのですが、その最中におしゃべりをしかけたオノ・ヨーコさんをジョン・レノンさんは「シーッ!」という身振りで制止して、数えている私に向き合ってくださいました。

その1、2年後にレノンさんは銃弾に倒れます。亡くなられたのが40才とのことですから、そのときは38、9才であられたのでしょう。
弱冠38、9才だったのだなと思います。そんなことがありました。

物に悩まされていた


簡単に転職などしてきたあたりにADHDっぽさが見てとれますが、3人の子育てをしながら曲がりなりにも二十数年間続けたことがありました。

学習塾です。学力不振のお子さんが、勉強が出来るようになったり、劣等感を克服していくのを見ることは、中でも大きな喜びでした。が、影のようにつきまとっていた重い気持ちがありました。

人間いつかは死ぬけれど、その前に仕事場を畳まなければならない、ととてつもない負担感があり憂うつな気分になっていました。(老後に身辺整理ができていない心境に似ているかも)

というのも、50㎡の賃貸の教室に、たくさんの長机・椅子・2台のコピー機・3つの本棚・本・教材類・冷蔵庫・テーブル・ソファなどのほかにも、長年であきれるほどに物をどっさり詰めこんでいたのです。

片付けの大変さは尋常ではありませんでした。断捨離という言葉はまだありませんでしたが、そのころに断捨離の精神や実行力が少しでもあったなら、と思います。

2016年現在、仕事場を完全に手放して6年くらいになります。重度のうつ病(※)にかかった長女の看病と、脳梗塞で倒れた母の介護を通り越した現在は、総合病院でのごく少しの事務のバイトをするようになっています。

上記、長女のうつ病について:(※)重度のうつ病だと診断され、そう思っていたのですが、のちに専門の医療機関で重度の低血糖だと診断されました。→長女はうつ病ではなく、低血糖症だったのかもしれないと思う理由

(2017年4月現在は、病院事務の仕事に加えて、週に数回、保育園での夕方のパートもするようになっています)


こうして振り返ると、継続が難しい、片付けが苦手、一貫性に欠けるといったADHDの特徴が浮かび上がります。

そして、片付けが苦手なために、人生の多くの時間を物のために悩まされてきたことに気づきます。

断捨離の能力について、今現在はどの程度かというと、心もとない限りです。先に書いた通りに自分の部屋が特にひどいですから。

健康へのこだわりはこうしてはぐくまれた


30代ころから不健康が目立っていた私です。買い物から戻ると疲れがピークで、買ったものを冷蔵庫にしまう前に床に倒れ込むほのが常でした。

むくみや微熱があることが多く、風邪を引くと決まって重症。おそらく免疫力がどん底だったのでしょう。

40代の検診で慢性肝炎と診断されました。健診をあまり受けないので発覚が遅れました。原因ははっきりしませんが、多分複合的なものだと思います。

慢性肝炎といえばその何割かは肝硬変になり、肝硬変→肝臓がんという経過をたどることで恐れられています。当時の自分も体調不良の中で不安な気持ちを持ちながら生きていました。

これが原因だ、と自分で思うのは「シックハウス」と「白砂糖の摂りすぎ」です。結婚後に新築賃貸マンションに数年済んだ直後に、新築分譲マンションに移り住んだという経緯があります。

シックハウスのエッセンスの中で健康が蝕まれたと思います。また、白砂糖が有害であると耳にしても真剣に考えることなく、甘いものを食べ放題、白砂糖のお菓子を作り放題していました。

砂糖漬けの酸性に傾いた身体で濃厚なシックハウスで眠り、インドア派の生活をしていれば肝臓が悪くなっても不思議ありませんでした。体調が悪すぎて年中医者通いをしていました。

途中、夫の転勤で関西へ移り住んでいたときには古い賃貸マンション住まいでした。新築住まいからみるとシックハウスの影響は断然軽かったでしょう。

また、アレルギーの次女への授乳のために手作りお菓子作りを控えていました。そしてとても空気のきれいなところでした。

そんな好条件が重なり、その間は体調も良くてお医者に1度もかからなかったくらいです。

40代半ばのころには、仕事もしながら具合が悪すぎる身体を持て余していました。お医者にはかかっていましたが、回復ははかばかしくありませんでした。

ふつうはかからないような重い感染症に1度ならずかかったのも、肝臓がまともに機能していなかったからにちがいありません。

その後、代替療法、民間療法の類や食事療法を取り入れ、その時々の「熱心さ」や「油断」により一進一退が何年も続きました。肝炎の健康不安から解放されたのはこの5、6年です。

そんなことがあり、「吸う空気」にも「砂糖の摂取」にも、「免疫力を落とすような生活習慣全般」にもふつう以上のこだわりがあります。

また、「遷延性意識障害」となってしまった今は亡き母のことがあります。「遷延性意識障害」はまれな障害であり、そういう人を見聞きすることはあまりないと思います。

喋れず、身動きできず、でも意識はずい分あり、何とか息をしながらやっと10か月間を生きた母でした。(たいていは亡くなってしまうところ母は持ちこたえてくれました)

この母を見送って思ったことは、「健康であってこその自由な人生だなあ」、というごく当たり前のことでした。

その母は日頃、娘の私に負担をかけまい、寝たきりになるまいという気持ちが並み外れて強く、健康には相当な注意を払っていました。それでも脳梗塞に倒れたのです。

健康と片付け


以上のように健康と片付けにこだわりを持っているADHDの自分として、関連のことを本音で書いていけたらと思い、ブログタイトルを再考し、「ADHDでも断捨離健康生活」へと変更しました。

もっと片付いた生活を早めに手に入れたい、と強く思います。片付け・断捨離ができないほど老いぼれる前にそれを達成するのです。

いえ、「老いても老いぼれない」よう、責任ある老い方をするために行動していかなくては。そして、このブログを放り出さずに続けていきたい、と願っています。

ここまでお読みくださったことに深く感謝いたします。ありがとうございました。

スポンサーリンク


コメント













管理者にだけ表示